陸軍省彊界の石杭を見て思うこと

三国のとある場所にこんな石杭がある。

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「この辺りは明治四十一年から昭和二十年まで陸軍省の三里浜演習場として使用され,特に強卒で知られた鯖江三十六聯隊が主に訓練をしていました。
兵舎が立ち並び,演習は幅2キロメートル,長さ十三キロメートル余りの砂地と松林を利用して行われていました。
この陸軍省彊界の杭は当時を偲ぶものであります」

とのこと。


三里浜演習場についてネットで調べてみたが,ほとんど情報はなかった。



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最近,地元の人たちと飲んだときにこんな話を聞いた。

「うちのオヤジが言ってたんだけどこのあたりにもグラマンがやってきて機銃掃射をしてきたんだって。当時から鯖江は繊維産業が盛んだったこともあってパラシュートの布を作る工場があって(パラシュートの布は非常に丈夫なものが必要で特殊な技術が必要だったとも考えられます),そこを狙って米軍機がやってきていたらしいよ。」

はじめて聞いた話だった。戦争を身近に感じた。
ネットで少し調べてみたが残念ながらそのような情報は見つからなかった。こういう貴重な話もそのうち埋もれていってしまうのかもしれない。



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ドラマ「ゲゲゲの女房」のここ最近の放送では戦争がテーマとなっているようだ。主人公は戦争で左腕を失った傷痍軍人(しょういぐんじん)である。

僕が子供の頃,鯖江の西山公園で片足のない傷痍軍人を何度も見かけた記憶がある。ウチのヨメにも聞いてみたが,覚えていたからきっと間違いではないと思う。軍歌のようなものを流してじっと座っていた。寄付金を集めていたのだろう。
当時何もわからないただのこどもだった僕には正直言って「怖い」という印象しか残っていない。でも忘れられない記憶だ。

西山公園あるいは鯖江の傷痍軍人についてもネットで調べてみたけれども情報は見つからなかった。傷痍軍人についての情報はいくらでもでてくるんだけど鯖江の傷痍軍人についてはほとんど何もわからなかった。



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数十年前まで僕の働いている三国では軍事訓練が行われ,また僕の住んでいる鯖江には三十六連隊という軍隊があり(僕の通っていた中学校は三十六連隊の体操場跡に建っている),鯖江にもグラマンが飛んできていて,戦後数十年の間鯖江にもたくさんの傷痍軍人がいた(今もいるのかもしれない)という事実を忘れてはならない。ネット上にはたくさんの情報があるのだが,このような情報は残念ながら欠落している。ネット検索だけでは決して知ることのできない情報はたくさんあるのだ。


【関連過去記事】
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お散歩(鯖江市三六町あたり)
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この記事へのコメント

  • はげでぶ

    私は福井では傷痍軍人さんを見たことはないですが
    東京に来て、上野とか秋葉原で見たときにビックリしました。

    福井市は大空襲で焼け野原になったわけですが
    片町の近くにある福井大仏は、震災と空襲の犠牲者の慰霊に
    建立されたとのこと。ご住職に聞いたお話です。
    2010年08月24日 19:18
  • poptrip

    >はげでぶさん

    秋葉原!にもいたんですな・・
    大仏の話も知りませんでしたわ。

    今の僕が
    傷痍軍人さんが寄付を求めてるのを見たら
    いくらか寄付をしそうな気がする。
    2010年08月24日 21:22

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