杜の都へ ~震災の爪痕~

今回,宮城県および福島県を出張という形で巡ることができたのですが,目の当たりにした震災の爪痕などを紹介したい。

【宮城県牡鹿郡女川町】

まずは女川(おながわ)。真っ先に思い浮かぶのは原子力発電所ですが,駅を出ても全く原発の町といった感じはありません。

石巻線の終着駅ですが,図書館で借りてきた古いガイドブックによると

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↑こんな駅だったらしい。

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新しい駅は,広場にポツンと・・・。
旧駅舎は流されちゃたらしい。というかこのあたりの建物はほとんどすべて流されちゃったようでして言葉もありません・・・以前の駅より200m陸側に移動し,7~9m嵩上げされたそうです。

駅の展望デッキより,女川漁港方面を。

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真新しい商業エリア。

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まだまだ工事中のところが多く,ダンプカーの数がすごく多いです。東京五輪よりもこっちの方を優先したほうがというのが個人的な思いです。

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仙台に着いたころに,翌日仙台で飲む約束をしている取引先の人からCメールが届いておりまして。

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さすが営業職は情報通ですな。

オナ二中について調べてみたところ,平成25年に女川一中と二中が統合され女川中となりオナニ中はもう存在しないんだそうで。
次の電車まで駅前の商業施設のカフェで小説でも読みながら・・・などと思っていたのですが平日は16:00とかに店が閉まってしまうようだし,仙石線,石巻線に乗ることが主目的だったためここでは特に目的がないのでgoogle mapを頼りにオナ中まで歩いてみることにしました。

坂道を登ります。

高台には,新しい集合住宅が多数。

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町営住宅のようです。

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工事現場を横目にさらに坂を登るとオナ中に到着。

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結構登ったね。

学校の前には,

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女川いのちの石碑

がありました。

ここは,津波が到達した地点なので,絶対に移動させないでください。
もし大きな地震が来たら,この石碑よりも上へ逃げてください。
逃げない人がいても,無理やりにでも連れ出してください。
家に戻ろうとしている人がいれば,絶対に引き止めてください。


こんな高いところまで津波が来たのか・・・・

驚きを隠せません。
マジびっくりです。

わたしゃ2年ほど間に鯖江市防災リーダー養成研修というやつを受けておりまして,鯖江市防災リーダーのひとりなわけですが,こういうのを目の当たりにすると自覚がちょっぴり湧いてくるというか。あのときも座学で延々と地震のハナシとかを聞かされたんだけど実感はほとんどなく,やっぱこういうところに来るということも大事なんじゃないかと。

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googleの航空写真はちょっと古いようですね。仮設住宅はほとんどなく,前述の通り立派な集合住宅がたくさん立ってましたから。

僕は女川ではコンビニでアイコスを購入したのと,駅の自販機でお茶を購入しただけなんだけどたくさんお金を落として行ってあげたかったな(地元の人にコンビニはないですかって聞いたらとっても親切に教えてくれました)。

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また,何年後かに訪れたみたいなあ・・。



【宮城県仙台市】
学会の発表の合間を縫って昼休みに青葉城址に行ってきました。崩れた石垣は見事に修復され,ぱっと見では震災があったなんで気づきません・・・傍らに立つ震災時の説明表示がなければ。

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昭忠塔(忠魂碑)のてっぺんにあった金鵄像が落下してしまったようですが,

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修復され,下の台座に固定されていました。

被災し折れた翼 仙台城跡に再び(河北新報)



【福島県浜通り】
今回福島県を訪れて初めて分かったのですが,福島県というのは東から浜通り,仲通り,会津地方の3つに区分されているようで。地震速報とかで,「震度4 福島県浜通り」なんてのをよく目にしたのですが改めてその意味を理解したというね。

見学会のために仙台からバスでいわきに移動したのですが,常磐自動車道に入るとバスガイドさんが

「このあたりは帰還困難区域で,常磐自動車道は自動二輪車は通行禁止となっています。」

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南相馬鹿島SAにて

相馬市,浪江町,大熊町などと言ったニュースで何度も聞いた地名が。女川にしてもそうだけどイマイチ地理的な位置関係が分かっていなかったんだけど,やはり行ってみるとよくわかります。

常磐自動車道には線量計が一定間隔で設置されていました。まるで気温を示す表示板のように・・・

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そして除染作業をしているような作業員以外は人っ子一人いないわけで・・
「このあたり,夜はもう真っ暗なんですよ。この辺の田んぼでお米がとれるようになるのは一体いつなんでしょうねえ。」とバスガイドさん。
答えようもないその問いかけは日常に葬られていく。ってミスチルが歌ってたな・・・

常磐自動車道からは一瞬だけ福島第一原発も見えるようなのですが,この日はあいにくの雨で姿は見えませんでした。

今月,僕の後輩がひとり南相馬市へ除草のボランティアに行ってくるとのこと。僕も健康体であれば・・・

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小名浜港1号ふ頭とマリンブリッジ

オナ浜もずいぶんと様子が変わっちゃったようで,「昔はここからは海は見えなかったんですけどね。」とバスガイドさん。以前は建物があって海が見えなかった場所からも海が見えるようになっちゃったと・・・そういうことなのね。

震災が起こるまでは小名浜という地名を僕は知らなかったのですが,小名浜にあるとある会社に出向しているときに被災した後輩が職場がなくなってしまって,とりあえずということで僕の職場に配属されてきて僕の隣の席となり,彼から生々しい津波の様子(サイレンが鳴って走って逃げただとか・・・・)などを直接聞くこととなり,その地名が僕の心に深く刻まれることになったのです。


【福島県郡山市】
東日本大震災の起こった数日後,どこをどうやって僕のブログにたどり着いたのかわかりませんが,郡山市在住の方からコメントをいただくようになりました。それ以来不定期にコメントのやりとりをしていて今回も連絡をとりたかったのですがここのところ,コメントもご無沙汰でして結局連絡をとることができませんでした。

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 2011年3月17日にいただいたコメント欄のキャプチャ画像

便りがないのはよい便り。
と思いたい。

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郡山駅前の線量計は0.148μSv/h

もうほとんど被災地のこと報道されなくなったから様子は行ってみないとわかりません。毎年3月11日になるとニュースであれから●年が経ちましたなんてニュースが流れるくらいで・・・忘れたい人もいるだろうし,こんな記事を書くのも不謹慎なのかもしれないし,どうすることがいちばんベストなのか僕にはわかるはずもありませんが,この記事を読んで何かを感じてくれれば幸いです。



この記事へのコメント

  • ささじ

    女川へは震災直後、医療支援チームの一員として行きました。

    今はこのように復興しているんですね。
    良かったです。

    気の利かないコメントですみません。
    2017年11月01日 21:42
  • poptrip

    >ささじさん

    おおっ。
    貴方を見損ないましたよ,じゃなくて見直しました。ただのエリ好きのオッサンじゃなかったんだと。惚れ直しました(惚れ直すって広辞苑に追加される新しい単語だそうですw)

    僕は震災前,震災直後の女川を知らないのでアレなんですが,まだまだ復興は途上だと率直に感じました。とにかく人が少ないんですよ・・・頑張ってほしい。
    2017年11月02日 17:15
  • Herr Katze

    そうですよねぇ
    五輪なんかやるもんだから
    土木作業員がみーんなそっちに取られて
    しかも料金も高騰するというね

    復興第一でお願いしたいもんです

    総選挙で税金使ってる場合じゃないですよ安倍ちゃん
    2017年11月03日 00:51
  • poptrip

    >Herr Katzeさん

    国が本気で復興に取り組んでいるとは思えないですよね。もちろん国の行う仕事はほかにもいっぱいあるからどれもおろそかにはできないのですが優先順位やそれに掛ける比率というものを変えることはできるはずです。
    選挙は何のためだったのかよくわかりませんでしたね・・僕のような凡人には。
    2017年11月03日 19:51
  • 郡山人

    ご無沙汰しております。
    最近少々立て込んでおりまして、ブログの方をチェックしておりませんでした。すみません。
    郡山にもおいでになったのですか。お目にかかりたかったです。残念すぎます。

    郡山はいかがでしたでしょうか?浜通りに比べると、もう日常が戻っているように思われたことでしょう。私自身も、普段あまり意識することは少なくなってきてしまいました。
    でも、popさんが駅前でご覧になった線量計が、各学校に設置されていたり、テレビやラジオの夕方の天気予報で、県内各地の放射線量が読み上げられたりするのは、決して普通ではないんですよね。慣れというものは恐ろしいです。
    今日から私の家の庭に、工事の業者さんが入り、重機で掘り起こし作業をしています。2年ほど前に庭の除染で出た土を、穴を掘って埋めていたのですが、仮置き場に運び出すと言うことらしいです。これでようやく我が家も安心と思いたいのですが、結局のところ仮置き場は浜通りの帰還困難区域です。自分ちのゴミを他人の庭に持って行くだけなんですよね。自分の土地、しかも先祖から受け継いだ土地が仮置き場になった方々の無念さを思うと、心から喜ぶことなどできません。根本的な解決にはまだまだ時間がかかりそうです。
    久々のコメントで、重たい話を長々とすみません。またいつかお目にかかれる機会ができますことを、心から願っております。
    2017年11月08日 23:02
  • poptrip

    >郡山人さん

    いやあ,なんとかアプローチをとろうとしたんですが,ブログも閉鎖されてて。
    郡山で解散というスケジュールを見た途端,貴方を思い出したのですがどうしようもなくて・・せっかくの機会にお会いしたかったのですが残念です。いっしょにカラオケでフーマンチュー唱法を(笑)と思っていたのですが(ウソ)

    おっしゃるとおり郡山はもう普通の町となにも変わらないように感じました。でも観光で行くのと住むのとは全然違うってことはよくわかってて,一度行ったくらいで被災地のことが理解できているとは全く思っておりません。貴重な辛い体験をコメントいただきありがとうございます。いつかお会いできるとうれしいですね!
    2017年11月09日 19:15