悲劇すぎる

2月13日の悲劇。
これは我が家ではずっと語り継がれる一日となるだろう・・・備忘録として記録にとどめておく。後で読み返すといろいろツッコミどころもあるだろうが。長文です。


前日夜にようやく家の前の道路に除雪車が入り,

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やったー。神降臨!
と思っていたのだが朝起きて外を見ると僕が大人になってから初めて経験するような積雪量に唖然とする。ぬか喜びだったか。前夜に,ムスコが「大学で試験があるからどうしても送って行ってほしい」と頼まれ,朝4時半に起きて,5時に我が家の頼みの綱である軽四を出動させるが(大学からは休講の連絡は一切なし),車庫を出たところで突然,軽四が逝ってしまった。クルマを車庫に戻すだけで小一時間(数日後,クルマやさんに来てもらったら3気筒のうち1気筒が死んでしまっていてパワーが全くなくなってしまっていたのだ。雪のせいでこうなったとは思えないが故障するタイミングが最悪だった・・・)。

ムスコは大学のサイトをチェックしたり友達と連絡をとったりしているが,埒が明かないみたいで大学に対する不信感が募るばかり。高校からは早朝になって休校のメールが入る・・・

今日は一日家でのんびりしよう。ムスコと2人で除雪に精を出そう,と決意しヨメ実家と自宅のカーポートの除雪。その後,近くの道路を掘り起こし消火栓のある場所を探し当てる。さらに家の周りの除雪(この日の僕の消費カロリーは観測史上最高値の3,700kcalを記録した)。

クルマやさんにも電話。軽四はたぶん現場では直らんだろうと。代車かレンタカー手配しようかと言ってくれるが代車を持ってきてもらっても家にたどり着けるかどうかも怪しい。それにこれまでに積もった雪とカーポートから落とした雪で駐車スペースは山のようになっていて代車を置くスペースもないのだ。

この雪も午前中にはやむだろう。と思っていたが容赦なく降り続く雪が僕らを焦らせる。翌日は朝からムスメと東京へ行かなくちゃいけない。受験日は翌々日だが,段取り八部。どうしても前日入りしておきたい。調べてみたところ試験当日,朝いちばんの「しらさぎ」に乗れば計算上は試験会場に開始20分前に着くはずだが,僕も行ったことのない土地でありちょっとでも運行のトラブルがあれば試験に間にあわない可能性がある。ムスメのコンディションもイマイチだろう。
降りやまない雪とテレビから流れる「雪の峠は間もなく越えるが明日朝までに嶺北の多いところで●●cmの積雪」というあやふやな情報に,「明日ももしかしたらJRが動かないんじゃないか。」そんな思いに駆られる。ヨメの不安そうな顔がその考えに拍車をかける。
僕もずいぶんと混乱していた。ムスメの受験だけでなくムスコの試験という荷物は意外と重かったのだ。肉体的にはもちろん,精神的にも疲労していた。

今まで雪に対しては後手後手に回っていた。
たぶんだいじょうぶだろう,がすべて裏目に出ていた(福鉄はこの日10時をめどに運転再開しますとあったが結局19時半だった,高校は始業時刻を遅らせるといっていたが当日朝になって休校とメールが来た等々)・・・
自分から攻めてみるか。
今日のうちに何としてでもクルマで米原まで行こう。

県道はいちおう動いてはいるようで,北陸道も動いている。

いつやる。
今でしょ。

鯖江駅に電話して(何度か書けたが話し中でつながらず),切符の払い戻しは鯖江駅でなく米原駅でもできるのか確認。翌日のしらさぎはどうなるのか聞いてみたがもちろん「わからない」と言う(それしか言いようがないだろう)。

ネットでホテルを探し予約すると,パッキングを始める。
なお,米原のホテルはダブルしかなかったためツインがある彦根のホテルを選択。

そして出発しようとしたとき,電話が鳴った。

義父からである。
「今,北陸道の武生~敦賀間が通行止めってテロップが出たぞ」
という悪夢のような有難いお知らせが。

出鼻をくじかれた。
弱り目に祟り目。
泣きっ面にオオスズメバチである。

心が折れそうになる。
間違いなくヒビは入ったな。
寝不足に加え,考えなくちゃならないことが多すぎて思考回路がショートしそうになる。

うーん。どうするか。
どうしようもないのでいったんベッドに横になる。

体も心も疲れているときはとりあえずどちらかを休めることだ,と誰かが言っていた。
まずは体を休めよう。

8号線は動いてるけど,先日の1,400台の立往生も北陸道の通行止めがきっかけだった。ネットを見ると今回の通行止めは事故ではなく「雪による通行止め」とある。もっと具体的に表現できないものか。

武生~敦賀間の8号線はカーブが多く,敦賀まで行くと融雪装置のない区間もある。それに片側1車線でありトラックやトレーラーが道をふさいで通行止めになることが平時でも起こるデンジャラスな酷道である。北陸道の通行止め解除を待つほうがリスクは低い様な気がする。

いったん寝よう。
通行止めが解除されるまで数時間はかかるだろう。

果報は寝て待て。
急がば回れだ。
昔の人はホントにうまいこと言うよな。

が,気が高ぶって寝れない。
ベッドに横になり,スマホでfacebookやtwitterを見る。
母親に電話。先週病院に行けなかったから頑張って日赤までやってきたという。
自宅では気丈に振舞い,泣き言は言えないが母親には言える。
僕も少し落ち着きを取り戻す。

そうこうしているうちに北陸道の通行止め解除!との情報。
いちばん情報が早いのはやはりネットである。

善は急げ。
行くなら今でしょ(←まだこの古い流行語を使うか!)。

死んでしまった軽四はあきらめ,FF車であるミニバンにムスメを乗せスタート。
生活道路は近所の人が小型除雪機である程度除雪してくれたが,その人もボランティアで手弁当。すべての道路を除雪してくれるわけではない。車庫の前の道路は雪がこんもりと。ここさえ抜ければあとはなんとかなるのだが,予想どおりというかここでスタック。先ほどの軽四の件があるからまた故障したんじゃないかなどと疑心暗鬼にもなるし弱気になる。

ここで近所の奥さん(Hさん)がスコップを持ってかけつけてくる。「今旦那も呼んだから!何としてでも●●ちゃん(←ムスメの名前ね)には行ってもらわないと!」
義父,ムスコ,ヨメにHさん夫婦が加わりクルマを押す。まるで昔国語で習った「大きなかぶ」のような状況である。それでもクルマは動きません。おじいさんはおばあさんを呼びに行きました。ってあれね。
タイヤの下に木を敷いたが空回りしたタイヤから煙が上がりゴムの焼けた匂いが立ち込める。

動いた!
おじいさん,クララが動いた!クララが動いた!
アルプスの少女ハイジの気持ちをこのとき僕には100%理解した。

僕はHさん夫婦に御礼をいい,車に乗り込む。
ご夫婦は「頑張ってね!」とヨメたちと一緒に僕とムスメを見送ってくれた。
本当にありがたい話である。

今回の大雪で,ひとつよかったことと言えばご近所の方をより身近に感じることができたことである。雪かきをしてても「よう降るなあ。」「ほんとに!」そういった気軽なあいさつがあちこちで交わされる。僕は単身赴任をしているし,知らない土地に家を建てた。壮年会には入っているものの近所の老人たちとはそれほど付き合いはなかったのだが。
軽四が身動き取れなくなったときも近所の別の人が手伝ってくれた。今回もHさん夫婦がいなかったらもっと時間を浪費してたことは火を見るよりも明らかである。

鯖江インターまでの道路は圧雪と凹凸が酷く,まさにモホロビチッチ不連続面。神経を使い慎重に運転する。クルマは少ないが,対向車が大型車の場合その都度極力左によって停止しなくてはいけない。変な場所で停止すると動けなくなってしまう可能性があるため停止位置にも気を遣う。

後部座席からはムスメの英語の発音が聞こえる。こんな状況でもリスニングの勉強をしているようだ。
普段なら15分もかからずにたどり着ける鯖江インターまで50分近くかかった。それでもクルマが少なかった(西川知事が会社を休業するよう要請した効果があったのかどうかは不明)からこれだけの時間で来れたとも言える。

北陸道には,雪が1mmもなかった。
僕個人の悲劇は,ここでようやく終わったのだ。

除雪のための通行止めだったんだな。
じゃあそう言ってくれよ。

普通の速度で走れることが幸せ。何でもないようなことが幸せだったと思う。虎舞竜状態。
滋賀県に入ると雪は少なくなり,米原まで来るとまったくなくなった。

彦根の街で雪をクルマに纏って走っているのは僕だけだ。

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子どもたちがふつうに学校に行けるのも幸せなことだと感じる

ホテルで落ち着いてからHさん(旦那の方ね)に御礼のLINEを送ると,「東京のコンビニでプルームテックがあったら買ってきてくれない?お金はらうから。」いやいやいや。お金なんていりませんよ。あなたに受けた御恩はプルームテックで返しますよちゃんと(笑)
まあ売っていればの話だけどね。今なら(笑)なんて書けるがそのときはそれどころじゃなかった。オリンピック?勝手にやってくれ。

東京に着いてから,三重のナローゲージに乗りに行ったときに壊してしまったカメラのレンズが直ったとの連絡があった。ようやく福井の物流も回復しつつあるようだ。


本日,ムスメ1校目の受験完了。
僕もようやく体も心も完全に落ち着きを取り戻した。

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物見遊山の体で僕も試験会場まで(笑)

そして僕はムスメが頑張っている間に,ひとりで羽を伸ばした。

ムスメの動揺が小さかったこと,そして仕事のことはあまり考えずに済んだ(長期休暇をとっていたため)ことは不幸中の幸いだった(新幹線に乗ってたら会社から電話がかかってきたけどw)。雪かき中に骨折した人もいるし除雪中に亡くなられた方もいる。それに比べたら僕の悲劇なんて大したことない,悲劇ですらないとも言える。もっと悪い事態に陥る可能性だって十分あったのだ。でも対峙している真っ最中は,間違いなく悲劇だったんだよ。

僕が福井に帰るころにはほぼ外見は元通りに,平穏に見えるようになっているだろう。ただ,まだまだ解決しなければならない問題はたくさんあるし心に残った傷が消えない人もいる・・・
東京に来てすぐ(14日)に新聞を読んだが朝日,毎日,読売各紙は福井の豪雪のことなどもう忘れてしまったかのように記事は1行もなかった。日経が野菜高騰か?というような記事を載せていただけ。
東京で働いていた時の同僚たち(女性2人)とメシを食ったのだが福井がそんなに大変だったとは全然知らなかったと。なんか国道がとまったってのはニュースでやってたわね,程度。

今回の豪雪で受けたダメージに加え,福井に住んでいることがちょっぴり悲しくなった。でも,東日本大震災の被災地から比べたら・・・福島県に住む方からfacebookで励ましのメールをもらった。人と人との繋がりというものを感じた豪雪でもあった。


(了)

この記事へのコメント

  • 静岡の鯖江人

    お気持ちお察しします。
    当方雪と無縁の静岡にいるため、職場でも福井のふの字もでません。所詮は遠い地域の事柄なのです。鯖江の実家には度々連絡を取り無事を確認しました。実家の兄貴は、豪雪の期間中、氏と同様に上京せねばならない事情があり、敦賀からJRに乗ったとのことでした。途中、静岡の通過の際、雪と無縁の様子に心底羨ましい気持ちになったとのことです。受験の時期と重なり大変ですが、ベストが尽くせるよう、祈念します。
    2018年02月15日 23:13
  • 郡山人

    普通に学校に行けるのが幸せなこと…。震災時に妻の実家の新潟県に一時避難した際に全く同じことを感じました。普通でいられることってありがたいですよね。
    まだまだご苦労も多いこととは思いますが、どうぞ県外に出たときぐらいは、少し身体もこころも休めてください。県外で休んだ分、戻ったら今度は誰かの代わりに動くって感じにしないと、みんな参ってしまいますので。
    2018年02月15日 23:24
  • 敦賀の通りすがり

    大変でしたね。私は56豪雪の時福井市の実家で中学生。あの時よりも今回は物流含めひどいと感じています。今は敦賀に住んでおり嶺北に比べればまだマシな状況。とはいえ先週末から今週半ばまで東京出張。行きも帰りも不安な為、岐阜羽島に駐車して新幹線乗りました(いつもは米原ですが今回は念には念をで岐阜羽島)。東京でお会いした方々国道8号通行止め→自衛隊派遣はご存知でしたが、その後の状況特に先週鯖江武生に降った大雪やいまだ生活物資が潤沢で無い事など知らない方多かったですね。
    ま、報道されてないしオリンピック始まったし。
    ムスメさんの大学合格祈っております。
    2018年02月16日 11:25
  • poptrip

    >静岡の鯖江人さん

    所詮は遠い地域の事柄。
    まさにそのとおりですね。

    今日は高校の同級生と飲んだのですが,福井のことは全く知らなくて実家にも連絡してないとのこと・・・そんなもんなんですよ(いや電話くらいするやろww)

    僕も敦賀に前泊して敦賀から乗ることも検討したのですが,敦賀は駐車場が高くてね(笑)
    駐車場に高いかね払うくらいなら高速代払う方がなんか満足感があるというか・・・まだ福鉄はしばらく急行が一部運休,バスも一部運休しているようでもとどおりになるにはもうちょっと時間が必要かもしれません。





    2018年02月16日 23:30
  • poptrip

    >郡山人さん

    雪は春までに溶けますが,震災の復旧はまだまだというところでしょう。報道されない悲劇はそれこそ数えきれないくらいあったのだと思います。

    おっしゃる通り,今は開放感でいっぱいですが戻ったらいろいろとカバーしていきたいと思います。有益なアドバイスありがとうございます!
    2018年02月16日 23:33
  • poptrip

    >敦賀の通りすがりさん

    なるほど。岐阜羽島というのは考えなかったです。
    五六豪雪の記憶はあまりないのですが,今回の方がひどかったですか・・まああのころよりも贅沢になったということなのかもしれませんね。
    Yahoo!ニュースなどでは西川知事の休業要請がトップニュースになってましたがやっぱテレビや新聞で大々的に採りあげられないと,ってことですね(僕は朝刊しか読んでないのでもしかしたら夕刊に載っていた可能性もあります(東京ではいまだ夕刊というシステムがあることにも驚き)。
    2018年02月16日 23:37