2018年07月29日

2018夏の青春18きっぷの旅 広島1泊2日(江田島旧海軍兵学校)

江田島(えたじま)旧海軍兵学校(海上自衛隊第一術科学校)。
自衛隊の広報活動の一環として無料で見学(ガイド付き)することができます。
今回の旅の主目的,メインエベントです。

ちばてつや先生のマンガ「紫電改のタカ」の文庫版の解説で当時は唯の国際政治学者だった舛添要一が書いていました。

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”江田島の海軍資料館に行くと,この作品の主人公のように特攻隊として散っていった若者たちの遺書が残っている。20歳前後とは思えないしっかりした筆致で,母に宛てて国のために死んでいく気持ちを切々と綴っている。涙なしには読み進めることはできない。ぜひ,若い読者諸君には,江田島に足を運んでもらいたいと思う。”

もう20年近く前に読んだこの舛添要一の推奨が頭の隅からずっと離れなかった。特攻隊員の遺書は,遊就館でも知覧でも読んで涙した。でも,やはりここへはどうしても行きたかったのです。

路面電車で広島港まで行き,船に乗ります。

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福井県に住んでいたら船に乗ることなんてまずないんだけど,広島の人なんかは結構乗っていたりするのかな。

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江田島(小用)に上陸。
バスに乗ると術科学校前バス停まで(150円)。

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バスの車内には海兵さんの姿も。
江田島の旧海軍兵学校は,現在海上自衛隊の第一術科学校,幹部候補生学校となっており若い自衛官がここで厳しい訓練を受け,学んでいるのです。

豪雨災害により一時見学を中止していたのだけれど,再開した一発目の回(朝10:00見学開始)に参加することに。船やバスの時間を考えるとどうしても待ち時間が生じてしまう。兵学校の見学時間に合わせてフェリーやバスを運行しているわけではないのだからしょうがないのだけれども。

おあつらえ向きに近くにファミマがあったのでコーヒーとパンを買い,くつろぐことにします。

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最近のコンビニはこういうイートインスペースがあってとても便利になっています。電源もあるためスマホの充電もバッチリ。酷暑の中外で待っている必要がないのはありがたいことです。ここで買ったジョジョリオンの最新刊を読みながら見学受付時間まで快適に時間を潰すことができました。もちろんOPP(おなかぴーぴー)対策もここで。

見学受付は見学開始30分前から開始。
ジョジョリオンを読み終わるとちょうど9時半。
受付を行います。住所氏名を書きますが身分証明書はとくに提示する必要はありませんでした。

僕がいちばん乗り。

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見学開始まで赤い建物(江田島クラブ)で開始までお待ちくださいと。
建物内には誰もいません。

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モニターに映る海上自衛隊の広報用のビデオ(モノホンの訓練の様子)は非常に興味深いものでした。
しかし,ここで待っていても誰もやってきません。自衛隊グッズを販売する売店などもチラ見しつつ,もしかしたら見学者は僕ひとりなのかな。と不安になります。

見学開始時間10時の2分前くらいにようやく女性2人組が現れました。どうも今回の見学会はこの3人だけのようで・・・そして女性2人組はとくに軍事オタでもなさそうな地元の方っぽい。一人少し大きめのデイパックを担いでカメラを首からぶら下げているオレは彼女たちから見たらヤバいヲタ系人と思われていたかも(笑)

案内してくれるガイドさんは自衛隊のOBなのかな。
注意事項を聞いてからガイドさんを含めた4人で歩いて見学です。

資料館には特攻隊員の遺書や海軍として残しておくべきと判断された歴史上の貴重な書類(本当はこの倍くらいあったのだけれど保管場所もないということで半分は泣く泣く焼却することになったらしい)があることから敬意と慰霊の意味か短パンやサンダル,タンクトップなどでは見学ができないのです。しかし・・・オレそんなこと知らずにハーフパンツ履いてきたんだけど大丈夫か・・・目をつぶってくれたのか膝が少し隠れるくらいの長さだったからオッケーだったのか,何も言われませんでした(よかった)。
ハワイで戦艦ミズーリを見学したときに買った米軍のキャップをかぶって行ったら見学を許可されていたなかったりして。

まずは大講堂。

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改装して壁はきれいになったようです。ただ屋根の周りの銅の部分の緑青(銅が酸化することで生成される青緑色の錆)は,議論があったんだけれども歴史を感じさせるということでそのまま手入れしなかったとのことです。

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緑青が分かる画像を

この日は大講堂で特に行事がなかったようで,大講堂の中も見学させていただきました。

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昔は,ここで卒業式が行われるときに成績順に並んだのだそうで。だから順位がはっきりわかってしまうというある意味残酷なシステム。ただ現代ではそういうわけにもいかず,上位数名だけが成績順に最前列に並び,あとは五十音順に並ぶんだとのこと。渡辺さんなんてかわいそうですよね,などという冗談も。

なお,当時は最も優秀な男は海軍兵学校に,その次に優秀な男が陸軍士官学校へ,この二つに入れなかった人が東大に行ったのだというガイドさんの言。海軍兵学校と陸軍士官学校の優劣はないものだと僕は思ってますが海軍さんはやっぱりプライドが高いのかもしれませんね。ま,その優秀だとされた人間たちが戦争を始めたわけですから・・・教育というものは本当に重要だとしみじみ感じます。

陸軍士官学校と海軍兵学校はどちらがレベルが高かったですか? (Yahoo!知恵袋)

大講堂の次は赤レンガの幹部候補生学校(旧海軍兵学校生徒館)へ。
この校舎の横幅は約140m。戦艦大和は263mですからこの倍くらいあったんですよ。というガイドさんの言葉にうんうん。大和が263mだってのは僕はもちろん知っていたんだよ。大和は何mあったか知ってますかと先に問いかけられたら263m!って答えたんだけどなあ(笑)

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この建物の出入り口には扉がありません。理由も説明してくれたはずなのですが忘れちゃいましたw

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戦時中は,この建物の真ん中上部に菊の御紋があったそうなのですが,進駐軍がやってきたときに海に沈めたのだということです。今はちょっと分かりにくいかもしれませんが金の錨のマークがあります。

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扉がないからこんな写真がとれちゃう。
坂の上の雲のロケで使われたんだそうで。

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中庭にある桜の樹(いわゆる同期の桜)

この桜の樹の前での卒業記念写真を撮る学生(自衛隊員)たちも多いとのこと。

次へ移動です。

遠くの方に,

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戦艦陸奥の40センチ主砲と高角砲

が見えます。
あとで調べて分かったのですが第2・第4火曜日はこの手法の近くまで行って見学することが可能です(その代わり,教育参考館は休館日)。

またその周りでは休日だというのに自主訓練を行う隊員たち。

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頭が下がります。

見学中にも何人かの隊員たちとすれ違ったのですが女性の姿もちらほら。

そして,ここからが舛添要一の言にあった資料館(教育参考館)。

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一礼して脱帽して入ります。

特攻隊員の遺書のほか歴代海軍大将ゆかりの品,山本五十六元帥が撃ち落された飛行機の部品なども展示されています。福井県出身の佐久間艇長の遺書(以下),福井県出身の海軍大将ケイスケ・オカダの遺品なども。

1910年4月15日、第六潜水艇は山口県新湊沖で半潜航訓練中沈没して佐久間以下14名の乗組員全員が殉職した。同年4月17日に第六潜水艇が引き揚げられ、艇内から佐久間の遺書が発見された。その遺書の内容は同年4月20日に発表されるや大きな反響を呼び、同日中に殉職した乗組員14名全員の海軍公葬が海軍基地で執り行われた。同年4月26日には、佐久間の葬儀が郷里の前川神社で村葬として執行された。
殉職した乗組員は、ほぼ全員が自身の持ち場を離れず死亡しており、持ち場以外にいた乗組員も潜水艇の修繕に全力を尽くしていた。佐久間自身は、艇内にガスが充満して死期が迫る中、明治天皇に対して潜水艇の喪失と部下の死を謝罪し、続いてこの事故が潜水艇発展の妨げにならないことを願い、事故原因の分析を記した後、遺言を書いた。
(wikipediaより)


ここでは,展示品を自由に見て回ってください(撮影禁止ですと再度の注意があり)とのことだったんですが,正直すべてをじっくりと見ていたら時間が足りません。トイレに行ってから手を洗った後にうっかり僕は手に持っていた帽子をかぶってしまったのですが,ガイドさんにやんわりと注意されました。穏やかに言われたのですが結構迫力がありましたな。やっぱり元軍人の威厳とでも言いましょうか。
遊就館や知覧ではこのような厳格な注意はなかったと思うのですが,海軍ていうのはやっぱり誇り高いところがあるような気がしました。

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特殊潜航艇

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戦艦大和の砲弾

「今日は人数が少ないので質問を受け付けますが何かありますか?」とガイドさん。
マニアックな質問をしてもよかったのだけれど,同行している2人の女性はそっち系の人じゃないのは明らかだった(あっ。これ「この世界の片隅に」(ドラマ)で出てきたところだ!」なんて写真を撮っていた所謂軍事関係の素人さん)ので,ありきたりの質問を。

普段はどれくらいの人が見学に来るんですか?と尋ねるとだいたい各回少ない時で20〜30人。だいたい50人くらいですかねえ。多いときは100人なんてときもありますとのこと。3人なんてことは非常に稀なようで。まそりゃそうだわな。酷暑のなか,しかも豪雨で見学が中止されていた後の再開一発目の見学会だから。

見学が終わったのはちょうど11:30。1時間半の見学でした。
ここから,江田島クラブに戻りまたお話を聞かせてくれたりするような雰囲気だったのですがバスの時間(11:38)が迫っていたため僕は後ろ髪を引かれる思いで退散することに。同行の女性たちはクルマで来ているとのことで(船を使わなくても橋を渡って江田島に来れるようです),スミマセンお先に失礼します。ありがとうございましたとガイドさんと女性に御礼を言い,僕はバス停へと急ぎます。

バスで小用港まで。
港周辺にはコンビニがないので,売店でパンを購入して腹を満たしつつ1時間近くフェリーを待ちます。先にも書いた通り兵学校の見学時間とバス,フェリーの接続時間は全く関係がないのでこういう空き時間ができちゃうのよ。効率よく見学するにはやっぱりクルマがいいんだよね。

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小用港の対岸にみえるのは呉の街かな

僕の旅のいちばんの目的は達成。
あとは福井へ帰るだけ。

ありがとうございました。


posted by poptrip at 19:00 | Comment(4) | お散歩・お出かけ(県外) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
popさん、見学再開で一番客?とはよほど日頃の行いが良いんですね(^^)。
術科学校を見学すると背筋が伸びる気がします。
確かに海軍のプライドってのも感じますね。
ただ、これから先、二度と若者達が戦争に向かわなければいけない世の中にだけは、決してしてはいけないと思います。

広島は被爆地なので、子供の頃から戦争に関する学習がとても多く、小学校の「夏休み帳」(夏休みの友)には必ず被爆後の惨状や戦争の悲惨さを伝えるページが載っていました。
日本全国がそうだと思っていましたが、大人になって他県の人と話してそんな物は全く無かったと聞いて衝撃を受けた覚えがあります。

なんせ8月6日の8時15分には、日本全国で黙祷していると思っていましたから。。
Posted by りょうたパパ at 2018年08月01日 21:50
>りょうたパパさん

実は僕のおじさんは海上自衛隊にいて,江田島にいたこともあるんですよ。勉強はできたんだけど家にお金がなくて防衛大学校にしか行けなかったということのようんだんですが。

戦争については全くの同感ですね。僕は子供のころからそういった教育は受けてきていませんが,人よりはずいぶんと知識を持っていると自負しています。資料館では福井県出身の特攻隊員が25人(確か)いたってこともわかりました(知覧でも同じような資料があったと記憶しています)。

鯖江には36連隊があり日露戦争でも勇ましかったという逸話は結構聞きますが,戦争の悲惨さはあまり伝えていないような気もしています。映画「二百三高地」や「坂の上の雲」読めばわかりますが日露戦争なんてアホみたいな作戦でアホみたいに人がなくなってますからね。
Posted by poptrip at 2018年08月01日 23:00
戦争って知れば知るほど、本当に始めないといけなかったことなの?あんなに大勢の犠牲を払ってまで・・と思うのは私だけじゃないと思うのですが。。

曽祖父が二百三高地の生き残りでした(私は写真でしか知りませんが)。
映画を見て、よくこんなとんでもない?作戦で、しかも生き残って帰ってこれたとその強運に驚きました。
その運が私には受け継がれていないのが残念です(^^;)

鯖江36と聞いて、三六サラダ焼が真っ先に浮かぶ私はおかしいのでしょうか?
popさんがSKKS?で最初に行かれた病院に知り合いが勤めているのですが、サラダ焼を皆でよくおやつに食べると言っていました。あれは隠れた鯖江名物ですよねぇ。
Posted by りょうたパパ at 2018年08月04日 17:26
>りょうたパパさん

戦争について語るというのは僕のブログ程度ではテーマが大きすぎるので(笑)

二百三高地の生き残りって・・・すごい。
それ以外の言葉がおもいつかないです。

三六サラダ焼きはもう何年も食べてませんが,鯖江36と聞いてサラダ焼きを思い浮かべるのはアリだと思います。むしろ三十六連隊の存在自体が忘れさられつつあるのではないかと。

明日は原爆の日ですね。広島では学校が登校日になるところが多いとか平和学習というものについて池上彰がテレビでレポートしてました。

Posted by poptrip at 2018年08月05日 21:10
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