2019年05月16日

第5回三床山山開きと御床岳社竣工式(三床山#30)

5月12日(日) はれ

表題のとおりです。

僕は主催者である「三床山を愛する会」に知らないうちに入ってしまっているらしく御床岳社建立のための寄付金も納めているのです。まあ,オレ・・プライベートでもしょっちゅうお世話になってる山だからな。芳名板には僕の名前も入っている(はずw)。

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寄付をした人に配られた御守り。

御守りについてきた説明文をご紹介。

【御床岳社について】
三床山は,古くは「御床嶽」とか「尊岳」などと敬称を付けて記されていました。故事が伝える神が鎮まる山の表現でしょう。平安時代に山頂の祠は佐々生の麓に遷されました。現在の式内社,佐々牟志神社です。
山頂には天険の城跡があり眺望が開けています。近年身近な里山として親しまれる登山者が多くなるなかで,生命の源でもある山に対する意識を醸成するために祠の再建の声が高まり,「三床山を愛する会」を始め麓の方や登山者の方々のご協力とご奉賛により,御代始めの五月に「三床岳社」の祠を建立することができました。
尚,お届けしましたお守りは,祠の覆屋建設に使用した伊勢神宮から撤下を受けた古材の余材で別誂謹製したお守りです。


難しい言葉が並んでいるので調べてみました。

御代始め:みよはじめ・天皇の治世の始め。
撤下:てっか。神様に奉られたものがお役目を終えて,神前から下げられること
別誂:べつあらえ。規格にない特別のものを注文すること
覆屋:おおいや。社殿等を保護する目的の建物


伊勢神宮式年遷宮部材使用の御守りってなんかありがたみがありそうな気がしませんか。さっそく僕はdeuterのザックに御守りをつけさせていただきました。

さて,ずいぶん昔に三床山のことを「ここに三度登った女性は床上手になるという伝説のある山です」と根も葉もないウソを書いたことがあるのですが(いまだにそのことを覚えている人が何人もいるのだww),このように実は大変歴史のある由緒ある山なのですよ。勘違いはしないように。

さて,この日受付は7:30なのですがすでにすごい人。

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数日前に福井新聞に大きく掲載された効果でしょうか。

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しかし,この日は鯖江市の一大イベントである「つつじマラソン」開催の日。福井新聞は「つつじマラソン」の主催者。当日の三床山取材は,日刊県民福井(中日新聞)と丹南ケーブルテレビのみ。

日刊県民福井には翌日の新聞にかなり大きな記事が掲載されていました。

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https://www.chunichi.co.jp/article/fukui/20190513/CK2019051302000009.html

1面にあった荒島岳の山開きよりも大きく紙面を割いておりました。この右上の写真には,本人しか分からないような米粒のような大きさで僕が写っていることを実際の誌面で確認しておりますw
テープカットを全然見ていないのが分かってしまう証拠写真でもあるわけですが。

そしてもちろん福井新聞はつつじマラソンの記事一色ww
たぶん何日か後に山頂で撮影した集合写真が紙面の都合で空欄ができたときに申し訳程度に掲載されるものと思われます。

さて当日の模様のつづきを。

といっても僕は別動隊の一員。祠は石生谷林道コースの林道終点まで軽トラで移動しそこから山頂に運ばれるのですが僕はそちらのほうに。佐々生コースは急過ぎるしモノを運ぶ場合は石生谷林道コースというのがお約束。石生谷林道コースは林道終点に広場があり7〜8台の車を停めることができるのです(そこで石生谷トンネルコースと合流)。
なお,石生谷林道コースは途中まで舗装されていますが,半分くらいは未舗装のため一般車での乗り入れはなかなか厳しいものがあると思います。轍が大変なことになってるので。

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伊勢神宮式年遷宮部材で作成された祠

ほら貝と宮司さんが先頭にたち,白装束の人たちが祠を運びます。僕もあやうく白装束に着替えさせられそうになりましたがなんとか回避。ふふっ。僕は太鼓持ち,いや荷物持ち。

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休憩をはさみながら40分ほどかけて山頂に到着(手ぶらなら20分ほどで登れます)。

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祠を覆屋に納入。
野ざらしだと雨などで腐食してしまうからです。

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残念ながらこの日は春霞。
白山は見えず。

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清石にねがいごとを書いて祠に納入します。

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芳名板には僕の名前がちゃんと書かれているのを確認(笑)

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神事と読経,献奏(法螺吹鳴)があり,そのあと記念品の万寿配布。
神仏習合ってやつですな。

200セット用意した万寿はきれいさっぱりなくなりました。250人くらいはいたんじゃないでしょうか。すげえな。



このログは石生谷林道コースの林道終点〜山頂往復のものです。





posted by poptrip at 23:59 | Comment(2) | 三床山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
お疲れさまでしたw
山まるっと同じ市にあれば団結しやすいと思いますけど、またがっているに一致団結してる(笑)感じがいいですね^^
西大井からも登りやすそう(いったん下がることもなさそうでw)
popさん、白いの着ちゃうと写真撮れませんもんねw
Posted by nipper at 2019年05月17日 09:29
>nipperさん

三床山は鯖江でも豊,吉川にまたがっているのでなかなか興味深いイベントでした。
白装束を着る機会なんて(生きているうちには)ないのでまあ白装束を着た(着させられた)人たちも貴重な経験をしたと思います。

西大井コースや和田コースは人があまり通らないので蜘蛛の巣が・・・ってこれは昔のイメージかな。最近は人も増えたみたいだし。
Posted by poptrip at 2019年05月17日 20:17
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