2018年10月30日

未来少年コナン

WOWOWオンデマンドで「未来少年コナン」を見始めた。
こどものころ,エネーチケーでやっていたアニメーションだ。
リアルタイムで見ていた僕にとっては,とても思い出深いそしてすばらしい作品だった(ような気がする)。

その後,再放送か何かで大人になってから1度見たような見なかったような・・・

で,見始めたら止まらなくなっちゃって・・・

やっぱ面白いわ,今見ても。



僕は,モンスリーのツンデレぶりに首ったけ(死語)なわけです。
ていうかyoutubeに全話アップされてるってどゆこと?

でも何に驚いたかって言うとこれ,2028年のハナシなわけよ。2008年7月に核兵器以上の威力を持つ「超磁力兵器」が用いられた最終戦争が勃発して地球はほとんど滅亡しちゃったんだよ。コナンは12歳の少年だということなので2016年にはもう生れているんですよ!!今年2歳なんですよ。

ドラえもんは2112年生まれ,宇宙戦艦ヤマトは2199年,銀河鉄道999は2221年のオハナシという設定のようで。ま,2010年宇宙の旅なんて映画もありましたし,未来なんて全然予想できないっつーことですな。

こういうのが一覧表になったサイトを発見しました。

SF未来史

あ,80年代っていうカテゴリにいれてますが,これ1978年の作品。2年くらいアンダーパーでもいいんだよ,このブログ上ではオレが法律なんだから。

posted by poptrip at 22:00 | Comment(6) | 80年代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月25日

popさんのシングルレコードコレクション#7

浜田省吾「ON THE ROAD /ラスト・ダンス(LIVE)」

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1982年2月25日 発売    ON THE ROAD
レコード番号:07SH1123   作詞・作曲:浜田省吾 編曲:水谷公生
レコード会社:CBS/SONY  ラスト・ダンス
               作詞・作曲:浜田省吾 編曲:THE FUSE


ライブアルバム「ON THE ROAD」のタイトル曲。大好きな曲です。浜省の代表曲のひとつだと僕は思ってます。
曲はできたんだけど詩がなかなかできなかったそうです。浜省って同じように詩がなかなかできなかったっていう曲が他にも何曲もあったような気がしますね。
B面の「ラストダンス」はアルバムと同じ武道館ライブでのアンコール曲です。浜省の「素敵な夜を・・・どうもありがとう」っていうファンにはたまらないMCが入ってるのがうれしい。オリコン最高71位。
当時のファンクラブは「Shower Club」っていう名前だったんですね。ステキ!(←ウソ)



浜田省吾「LONELY -愛という約束事 /もうひとつの土曜日」

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1985年5月22日 発売    LONELY -愛という約束事
レコード番号:07SH1647  作詞・作曲:浜田省吾 編曲:板倉雅一
レコード会社:CBS/SONY  もうひとつの土曜日
              作詞・作曲:浜田省吾 編曲:板倉雅一


袋ジャケットなので初回版だと思われます。「LONELY」って嫌いな曲のうちのひとつです。シングル版はアルバム「J.BOY」におさめられたものとはバージョン違いです。 どちらかといえば教科書通りの歌い方で、タメがなかったりするのでアルバムバージョンばかり聴いていた自分にはかなり違和感があります。間奏には波の音がはいっていたり,イントロが2小節しかなかったりします。
B面の曲は一時期カラオケの定番だった(恥ずかしながら自分も歌っちゃったりしてた)「もうひとつの土曜日」。 今ではカラオケでこの曲を歌うことも聞くこともなくなり(いまこの曲をカラオケで歌う勇気はない),テレビで山崎邦正がモノマネしているのを聞くことができるくらいか(2004年のフジテレビの27時間テレビでまだこのネタをやってるのを見ました)。
高校生のときこの曲を初めて聴いたときはなんていい歌なんだろうと思った記憶があります。
オリコン最高16位。


さいきんハマショーさんの噂を聞かないのですが,お元気でいらっしゃるのでしょうか。
ファンクラブに入っていないと全然情報が入ってこないのよね。

posted by poptrip at 23:20 | Comment(2) | TrackBack(0) | 80年代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月14日

popさんのシングルレコードコレクション#6

え~何年か前に何度か記事をアップしたシングルレコードコレクションシリーズ。
唐突に復活です。一部にファンがいたともうわさされるこのコーナーですが・・・
ええ,ネタが枯れかけてきたときの保険記事ですよこれはここだけの話。


中森明菜「飾りじゃないのよ涙は」

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1984年11月14日 発売
レコード番号:L-1666
レコード会社:ワーナー・パイオニア
飾りじゃないのよ涙は 作詞・作曲:井上陽水 編曲:萩田光雄
ムーンライト・レター 作詞:松井五郎 作曲:井上陽水 編曲:萩田光雄

井上陽水による名曲。陽水本人もカバーして歌ってます。
これも大好きです。
これが井上陽水らしい曲なのか、らしくない曲なのかは良く分からないけれども

すごいエフェクトのかかった明菜の声にぴったりのアレンジ。
間違いなく彼女の代表作です。B面も陽水の曲ですがこちらはイマイチ。
オリコン最高1位。ジャケットデザインも凝ってます。アイドルからアーティストへ変わっていったのはこのころからなのかもしれません。
この曲以降ももヒットを連発しますが、マッチとの破局などもあり人気は下降線を辿る一方。起死回生をねらって 小室哲哉に曲を書いてもらったりもしますがこれもずっこけてしまうという悲惨な結果に。
去年の紅白に出てましたが,本格復帰はまだのようで・・・頑張って欲しいものです。ちなみに紅白で中森明菜を見たムスメが「友近とそっくり」とつぶやいたのは実話。

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中森明菜「TATTOO」

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1988年5月18日 発売
レコード番号:L-1757
レコード会社:ワーナー・パイオニア
TATTOO 作詞:森由里子 作曲:関根安里 編曲:EUROX
小悪魔 作詞:麻生圭子 作曲:西村麻聡 編曲:三宅純


88年発売のアナログEP盤。名作です。アレンジも曲も明菜の歌もすべてGOOD。
A,B面とも一流の作家陣というわけではないのですが,なかなか凝ったサウンドでカッコイイです。
明菜の曲では僕の最も好きなものがこれかもしれません。オリコン最高1位。
僕の同級生で,この曲をとんでもなく上手にカラオケで歌う女の子がいたのを覚えています。明菜の曲ってもともとキーは低かったんですけど年を追うごとにキーが下がってきていてこの曲は男の僕でも原曲キーでカラオケを歌えちゃいます。

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「TATOO」をみんなの手でヒットさせるため,ハガキ,電話リクエストをどしどしお願いします。ということでTV番組「ザ・ベストテン」「歌のトップテン」,ラジオ番組「HBC全日本歌謡選抜」とか「CBC歌謡ベストテン」「MBSヤングタウンミュージックゾーン」へのリクエスト先が掲載されております・・




中森明菜「I MISSED "THE SHOCK"」


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1988年11月1日 発売
レコード番号:07L7-4030
レコード会社:ワーナー・パイオニア
I MISSED "THE SHOCK" 作詞・作曲:Qumico Fucci 編曲:EUROX
BILITIS 作詞:許瑛子 作曲:吉実明宏 編曲:武部聡志


後に浅井健一のSHERBETSに参加することになる福士久美子が作曲を担当。なかなかいい曲です。アレンジも前作と同じEUROXでこういうサウンドは僕は好きです。
残念ながらサザン・ウインドから続いていた連続1位記録がこの曲で途絶えることになりました。
オリコン最高3位。
ちなみに1988年以降のシングルレコードはCDシングルのほうが売り上げが大きく,あまり出荷枚数が多くなく意外と高価なものがあったりします。明菜のようにタマが多いものは別ですけど。ええ,これはHARD OFFで10円で購入したものですから。


今回は此処まで。

posted by poptrip at 19:50 | Comment(2) | TrackBack(0) | 80年代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月31日

GUERRILLA

先日,初体験をしました。
ビアビアビアホールですよ。

ニューサンピア敦賀のビアホール&バーベキュー。
それなりにお酒を外で飲む機会は今まであったのですが,ビアホール(ビアガーデン)というものに僕は行ったことがなくてですね・・46歳にしてロストバージンしちゃったわけです。

で,ビアホールで真っ先に思いつく曲と言えばもうこれしかないでしょう。



WOO WOO Ah Ah 仕事が終われば
WOO WOO Ah Ah 決まりのコースさ
WOO WOO Ah Ah ビアビアビアホール!
WOO WOO Ah Ah 目当ては女さ
WOO WOO Ah Ah いるわけないのさ
WOO WOO Ah Ah 振り向く女は
WOO WOO Ah Ah 会社の仲間さ
さめざめWOO WOO WOO WOO WOO

サラリーマンに対するアンチテーゼを歌った曲だそうですが,かなりアレな曲でして(っていうかファーストアルバムの曲ってちょっとダサいんじゃないのかなって曲が多数ございまして・・・)。

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今回の飲み会は,ちょっと普段飲まないメンツでございまして。
歴史オタクの後輩と三国志で一番好きな武将は馬超だということで意気投合したり,別の後輩とガルパンで盛り上がったりとなかなか新鮮な場でございました(会話の内容がオフ会みたいじゃねえかよww)。

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ひさしぶりにけっこう飲みました。肉もたくさん食べました。いやまあ,いろんな人といろんなお話をして,街に繰り出す仲間たちを見送り,僕はおとなしく帰ったのです。

毎日,節制に次ぐ節制を繰り返しているワタクシもこの日ばかりは無礼講。「大丈夫なんですか?」とみなに聞かれるわけですが,いやまあそのうアレですよ。やっぱね〜,外で飲むと暑いからドリンクが進んじゃうんですよね。それでも生中3杯くらいにセーブ。

でも,翌日のトイレではひさしぶりのびりびりうんちに出会いました。最近僕のOPPは恥ずかしがり屋さんになっちゃったらしくなかなか顔を見せてくれないのです。やっぱ食事も睡眠も規則正しい生活をしてるからなのかもね。

あ,ちなみに新宿ロフトのBOφWYのライブ映像。当時ぼくはいくつかのルートからこのビデオを入手したのですが,どれもがダビングにダビングを重ねたものでございまして,すげえ画質が悪かったのですがyoutubeの画質も僕が持ってたやつよりはマシだけどやっぱアレですね。オリジナルもあんな感じだったのかもね・・・



posted by poptrip at 20:20 | Comment(8) | TrackBack(0) | 80年代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月30日

ボンバーマン

僕はゲームっ子だった。

僕の少年時代はゲームとともにあったと言っても過言ではない。

といってもうちの親は僕にほとんどゲームを買ってくれなかった。それほど貧しかったとは思わないのだが,グリーンスタンプを集めて手に入れたゲーム&ウォッチのヘルメットというゲーム機くらいしか持っていなかったと思う。僕が欲しいと言わなかったのかもしれないがとにかく僕は当時のほとんどの少年,青年が一度は所有したであろうファミコンもスーファミ(1990年発売)も持っていなかったのだ。

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持つべきものは友人。
とある会社の社長の息子(Tくん)と僕は幼馴染み。御多分に漏れずお坊ちゃまであるTくんは常に最先端のゲーム機を所有していた。彼の日立ベーシックマスターJrで遊んだアルペンスキーが僕のコンピュータゲームの原体験である。

1970年 poptrip生誕
1980年 任天堂ゲーム&ウオッチ発売(Tくんはほとんどすべてを所有)
     遠足にゲーム&ウォッチは持ってきてはいけないとのお達しありw
1981年 日立ベーシックマスターJr発売
1983年 任天堂ファミリーコンピュータ発売(発売直後にTくんが購入)
1983年 NEC PC-6001mkUおよびPC-8801mkU発売
     仲のいい友人が6001mkUを所有。
     ロードランナー,倉庫番,チョップリフター等にハマる
1984年 SHARP X1turbo発売(僕が初めて所有したコンピュータ)
     信長の野望,三国志にハマる


ちょうどTくんの家は学校と僕の自宅との間にあり,また僕は鍵っ子だったのでほとんど毎日のようにTくんの家に寄ってゲームをしてから家に帰るという楽しい課外授業を体験しておったわけです(ちなみにTくんはかなりの漫画コレクターでもあり,当時の人気漫画のほとんどを彼の家で読むことができたのです。サンデーとジャンプは毎週買ってたしね)。
マジでTくんの家は天国だったよ。今思えば彼の家が今で言う漫画喫茶の走りではないかと(笑)

小学校低学年のときにTくんと学校帰りにアゼリヤに行ったのがバレて怒られたのは懐かしい想い出。Tくんは文明堂でツケがきいた(社長のムスコだもん)し,僕の母親が働いていた会社も文明堂と取引があった関係で母親の会社名と苗字を言えば僕もツケがきいたんです!そしてアゼリヤには文明堂がある。行っちゃうのは必然でしょう。

Tくんとは,福井市内にあった視力回復センターとかいう今考えるとなかなか怪しいところにも一緒に通ってました(笑)
そのおかげで僕は福鉄バスや福鉄電車に小さいころから慣れていて,旅行好きになったのもそういう子供時代を送っていたからかもしれません。

このような恵まれた少年時代(←そうか?)を送った僕は,当時のゲームとマンガのことについては正直いくらでも語れるのですが(Tくんにはお姉ちゃんがいたので少女漫画にも僕は造詣が深いww),今回の主題はファミコンのゲーム「ボンバーマン」なのです。



これね。
なぜ,ボンバーマンなのか。

って話なんですけど

ほら僕,SKKSになっちゃったじゃない。
そうするともれなくダイナマイトの原料を持たされちゃうわけです。

ニトロですよ,ニトロ。

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まさに今の俺はボンバーマン!

俺に惚れると火傷するぜ,いや爆発するぜ!が僕の決め台詞となったのです(ウソ)

※狭心症に使われるニトロは,昔は本当の「ニトログリセリン」を使いましたが、今はニトロ基を持つ別の薬品を使用しており,爆発はしません(Yahoo!知恵袋による)

Tくんは,大学を卒業したのち見事に任天堂に就職を果たしました。

大学時代や就職してしばらくはGWや年末に帰省するとTくんとも必ず会ってマージャンなんかをしていたんですが,僕が結婚してからは疎遠となり今は年賀状をやりとりするだけの仲に・・・

元気でやってるんだろうか。

僕はボンバーマンになっちゃったけどこの通りなんとか元気にやってます。

で,そのTくんが就職するときにもらったのがSEGAのMAGA DRIVEとスーファミとカセット(ソフトとはいわないよね〜ww)。僕は物を捨てられない性格なのでどこかに眠っているはずだと探してみたところ・・・

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MEGA DRIVEの本体はあったのだが,ソフトが1本も見つからない。

そしてスーファミは

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カセットとコントローラーは見つかったんだけど本体が見つからないという(笑)

過去記事を検索すると


2012年8月撮影

上記画像の通り2012年時点ではスーファミは僕の手元に間違いなくあった(可動品)。捨てた記憶はないのでどこかにあるはずなのだが・・・

【参考過去記事】スーパーファミコンなんかにゃ負けたくないぜ


そのうち,見つかるはずだ。
引っ越しの時かな・・ww


ファミコンと言えば,三国に「三国昭和倉庫館」という施設があり,そこではモノホンのファミコンで遊ぶことができたんですよね〜。ただ,5〜6年ほど前に火事で焼失してしまい・・・本当に残念です。

【参考過去記事】三国昭和倉庫館(2011年9月)


posted by poptrip at 18:00 | Comment(6) | TrackBack(0) | 80年代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする