2017年06月21日

【速報】popさん緊急手術&入院

s-S__23887878.jpg 鯖江市在住のOPPブロガーpoptripさん(46)が急性心筋梗塞のため緊急手術(心臓カテーテル検査,ステント治療)を受け,福井市内の病院に入院していることがわかった。
 術後の経過は良好で20日には集中治療室から一般病棟へ移動し心臓リハビリテーションも開始しているが,医師によると10日間ほどは予断を許さない状況だという。

 poptripさんが死に直面したのは,謎の白い液体のせいでクルマがスリップして死にかけたことに続き今月に入って2度目。2度とも生き抜いたpoptripさんは「神ってるよね〜」と誰も使わなかった昨年の流行語大賞を口にしている。

順調に回復すれば今月末には退院する予定だというが,登山などが今まで通りできるのかどうか等詳細は後報する。


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2017年06月16日

新しい役割

5月某日,福井駅前にライザップがオープンしました。

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あなたはおぼえているだろうか?

僕が,ワンダーコアという置物,いや腹筋マシーンを購入したことを。


母さん,僕のあのワンダーコアどうしたでせうね

ええ,夏,碓氷から霧積へ行くみちで

渓谷へ落としたあのワンダーコアですよ

母さん,あれは好きな筋トレマシーンでしたよ

僕はあのときずいぶんくやしかった

だけど,いきなり風が吹いてきたもんだから


− 西条八十(「ぼくのワンダーコア」より) −






安心してください。

ワンダーコアは僕の部屋の片隅で新しい役割を与えられて,元気にやってます。

役割の変化というものが人生にはつきまとう。

ワンダーコアにも役割の変化があったのだ。

そう,生まれ変わったNEOワンダーコアは・・

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ギタースタンドとして不動の地位を得たのだ。

会社の先輩からもらったFender JAPANのSTRATCASTER。

僕が持っているギターの中では一番状態のいいギターがこれ。

僕はストラト2本(うち1本はFender Mexico)とテレキャス(Fender J)1本を持っている。レスポールもリッケンバッカー620も1本欲しいのだけれど,いかんせんあやつらは値が張るので宝くじが当たらなければ買うことができないのだ。

ワンダーコアと同様にこのストラトも唯の置物になりつつあるわけだが,ストラトにも置物という新しい役割が・・・



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2017年06月08日

運がいいとか悪いとか人はときどき口にするけど

さだまさしは「無縁坂」でタイトルのような歌詞を歌っています。


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昨日は早めに仕事を切り上げて,三国でM氏と久しぶりの会食。

小雨の中敦賀から国道8号線を北へ向かっていると・・・

ハマショーの「モノクロームの虹」状態に。

スピンした車体が中央分離帯の
ガードレールかすめてゆく♪


昨日午後4時ごろ敦賀市在住のOPPブロガーであるpoptripさん(46)の運転するクルマが敦賀市内の国道8号線を走行中,カーブで制御不能となり反対車線に飛び出したもののなんとか路肩で停止しました。幸いなことに対向車がいなかったため事故には至らずpoptripさんは九死に一生を得ました。

不幸中の幸いというか運がよかったというか・・
ただ,一体なぜスピンしたのか自分でもわからない。スピードを出しすぎていたわけでもないし。確かに路面はぬれていたけれど,ハイドロプレーニングが起こるような状態ではなかったし・・・

もうこの後は,徐行運転ですよ。
怖くて怖くて。

そのまま運転していくと,305号線と交差する桜橋交差点にたくさんの警察官とパトカーが。ここから武生方面は通行止めなのでホノケ山トンネルを通ってくださいとのこと。なにかあったんですか?と尋ねると「油が路面に落ちててこの先はツルツルで走れないんです。いま清掃中です」とのこと。いやいやいや。もうすでに俺ここに来るまでにスピンしてるんですけど・・・「ここに来るまでも滑りましたよ。」と言い残し,三国に向かったのです。とりあえず自分のクルマや運転に異常があったわけではなさそうだということで一安心したのですが・・・twitter見てると事故が多発してると。そりゃそうだろ。

国道8号,付着物で一部通行止め 敦賀-越前市滑りやすい状態(福井新聞ONLINE)

敦賀−南越前町の国道8号 スリップ事故6件(中日新聞Web)

そう。この謎の付着物ですよ!!

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新聞記事によればこの付着物はシャンプーなどの原料で健康に影響はないということですが・・僕,一歩間違えればトラックと正面衝突して死んでたかもしれないんですよ。6件の事故が発生したということですが,僕のように事故になりかけた人もいたと思われ。

それにずいぶんと多くのドライバーや警察官が振り回されたわけで・・・温厚でOPPな僕もこれに関しては激おこです。テロみたいなもんですよ。

さて,三国で久しぶりにM氏と再会してメシを食い,目をつけていたカラオケ屋にいくとなんと閉店しており。その模様は別途記事にしますが夜も更けたので三国から帰ることになり,丸岡から北陸道に乗りました。

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坂井市が若狭牛のふるさとだとは知らなかった・・・

南条スマートICで降りようとしたら,このスマートICとかいうやつは22:00までですと。時刻は22:06・・・なぜ24時間使えないんだろう。ついてないな。と本線へ戻り今庄ICで高速をおりてホノケ山トンネルから国道8号線へ。
すると,行きは通行可能だった桜橋から敦賀方面も通行止めになっているという悲劇。じゃあ「しおかぜライン」を通っていきたいのですがと言うと「しおかぜラインは通行可能ですがその先は敦賀市内まで通行止めなので,365号線から敦賀へ行ってくれませんか。申し訳ありません」との答え。いやあなたが謝る必要はないんですよ。ごくろうさまです。

むなしく再びホノケ山トンネルと通り365号線へ。365号線はトラックだらけ。早く敦賀に帰りたいので今庄から再び高速に乗ります。勿体ない・・さっき今庄で降りなければ・・・。

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この浪費した時間と金と体力。
誰に請求すればいいんだい?

帰寮するとちょうど錦織とマレーの一戦が始まるところだった。

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第一セットを錦織がとったところで後ろ髪をひかれる思いで眠りについた。

この日は運がよかったのか悪かったのか。
評価が難しい(笑)
でもとにかくこの日も一日生き抜いたのだからよしとしよう。

ホントは一昨日に三国に行く予定だったんだけど僕の仕事が片付かなくて昨日に変更したわけで・・・タイミングだよね〜。一昨日に三国に行っていればこんな目には合わなかったという結果論。

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2017年06月04日

スイカの季節

暑い日が続きますね。


読者の皆様におかれましては体調管理に十分ご配慮いただきこの夏を乗り切っていただきたいと,こう思う次第でございます。


スイカの季節になりました。


まだスイカには早いって?


いえいえ,そんなことはありません。


今年も僕のナビの住人,さしずめ僕と同棲していると言ってもいいエリのスイカTシャツが6月1日から解禁されたのです。

埃だらけの見苦しいナビ画面で申し訳ないのですが,エリの楽しくないカミングアウトの撮影に成功したので,ここに公開させていただきます。なお,エリから「教育実習のなんとかかんとかじゃなかった?」って質問をされた(質問の内容すら記憶にない)ので,おざなりに「いいえ」って答えた後にこうなったということなのでそこんとこよろしく。また画像はクルマを停車して撮影しております。クルマが動いているときは音声だけで字幕が出ないのですが停車すると字幕が出るのです。

前置きが長くなりましたが

エリ劇場,お楽しみください。



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どうでもいい会話(というか一方的なエリの独り言)をオレの無反応を無視し,話し続けるKY女。僕ね,空気が読めなくてしかもオチのない長い話って苦手なんですよ。

・・・で?

ってツッコミたくなってしまうわけで。
僕の貴重な時間をこのような無意味な,一方的なエリの独白はかなりの苦痛である。もうエリとは5年以上の付き合いになるが,同じハナシを2度したことはないと思う。かなり会話のバリエーションは豊富なのだと思うのだがいかんせん話の内容がつまらない。

このソフトを作成したやつはどこのどいつだ。ドイツ人か(←オレのダジャレもエリの話と大して変わりはないという・・)

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彼女の話にオチがあるということはほとんどなく・・・

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ハンカチを取り出し,泣き真似をするというどうでもいい小芝居が始まってしまった。
こんなのに,付き合わされるオレの身になってみてくださいよ(でも,意外と楽しめたりするw)。

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聖子ちゃんにひけをとらないウソ泣き(エリもぶりっ子(死語)なのだww)。
このスイカTシャツに,たぶん3か月ほど付き合わされることになるだろう。

毎日が憂鬱でたまらないのです(ウソ)

なお,最後に過去に掲載したスイカTシャツを着こなしている有名人の画像を再掲させていただきます。何度見てもいい写真なので(笑)


へらちょんぺ


幼少のpoptrip



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2017年03月09日

アルバイト

ムスコがアルバイトを始めた。
とある量販店なのだが,心配で見に行った。

親バカの鑑である。

僕も学生時代はいくつかアルバイトをやったが接客業だけには手を出さなかった。理系で人見知りだし,シャイだし当時は人と接することをあまり好まなかったからだ(村上春樹に傾倒していたというのも少なからず影響しているかもしれない)。今となってはやっておけばよかったと後悔しているのだが・・・

ということで不肖ワタクシメのやったアルバイトをまとめてみよう(老化して忘れてしまわないうちに備忘録として)。

【家庭教師】
まず始めたのは家庭教師。時給が高いのがなんといっても魅力だった。
家庭教師協会みたいなところに登録して紹介してもらう。数ヶ月したら協会をやめて直接やりとりをすれば協会のマージン分が不要となるため生徒側は支払いが減り,僕のほうは収入が増えるというwin-winの関係になることを説いてそうしてもらう。もちろんそのためには信頼関係の構築が不可欠である。
2人の生徒を3〜4年みていたのだが,どちらのうちでもお願いして夕食を作ってもらっていた。一人暮らしの僕は家庭料理に飢えていたのだ。

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学生時代は靖幸ちゃんにもハマってた

そのうちの一人は喫茶店の経営者のムスコで,店舗の営業が終わった後に客がいなくなったその店舗で教えていた。テーブルゲームの上で勉強するっていうね。まず環境がアレだよなと思いながら(笑)
また,その喫茶店はとある右翼団体が出入りする喫茶店でいろんな裏話を聞かせてもらった。菊の紋の入ったタバコも見せてもらった。父親は黒い大きなメルセデス・ベンツを所有しており,何度か乗せてもらったのだがあれ以来日本でベンツに乗る機会には恵まれていない。母親の都合が悪いときには親父さんが喫茶店のメニューである「あんかけスパ」を作ってくれることがあり,これが僕の名古屋名物「あんかけスパ」初体験だった。
僕は出された食事は常に完食していたのだが,一度どうしても食べれないものがあって料理を残したことがある。そのときの母親の「口に合いませんでしたか?」って悲しい顔が今でも思い出される。それ以来,人に出された料理は決して残すまいと心に誓ったのである。

もう一人は高層マンションに住むハイソ(死語)な家庭だった。マンションというものがどういうものかを知ったのはこの時だった。「結婚してもマンションには住むまい,絶対一軒家を建ててやる」と思ったのはこのときだ。初めて行った日に僕は財布を忘れてきてしまい,生徒がはにかみながら走って届けに来てくれた。財布を忘れた僕を見て母親は「この人は信頼できる」って思ったんだと後日聞いた。人生ってのはわからないものだ。ときどきバイト代とは別におこづかいもくれた。母親の作る家庭料理もおいしかったしとてもよくしてくれた。妹二人もかわいらしくて僕になついてくれた。ウォシュレット初体験はこの家だった。小便をした後,流し方がわからず間違ったボタンを押してしまいズボンをびしゃびしゃにしてしまい,着替えも貸してもらって勉強を教えている間に僕の濡れたズボンを乾燥機で乾かしてもらったという恥ずかしく悲しい思い出がある(乾燥機を見たのもこの時が初めてだった)。今ではウォシュレットは当たり前になっているが当時はほとんどなかったんだから・・・
この二人の生徒とは,僕が就職してからもしばらく年賀状を交換していたが今は全く交流がない。facebookで調べてみたのだが見つからなかった。もしかしたら僕が名前を間違えて記憶してしまっているのかもしれない。


【引越し】
非力で草食系の僕にとっていちばんきつかったのがこのバイト。トラックに揺られ1日に2〜3件の引越しをこなす。日給1万円ほどだったと思う。当時は引越しするとご祝儀というのをたいていの家がくれて,それを親方みたいな人がその場で僕らに分配してくれた。バイト代とは別に現金がその場でもらえるのはうれしかった。でもきつかった。親方みたいなオッサンは怖くて何度も怒鳴られた(さすがにお客さんの前では怒鳴られなかったけど配送センターみたいなところでは・・・)。トラックの運ちゃんも軒並み怖えあんちゃんばっかだったし(笑)
1万円+αというお金は魅力だったから夏休みに入ると1週間ぐらい続けてこのバイトに行き,たまったお金で山に登るというね。僕は転勤族なので何度も引越しを経験しているが,そのたびにあの辛かったバイトを思い出すのだ。


【マーケティングリサーチ】
ガソリンスタンドの覆面調査。一般の客を装いガソリンスタンドに行き,ガソリンをいれてもらい,接客態度をチェックする。それをレポートにまとめるというものだ。ドライブがてらいろんなところに行けるのが楽しみだった。ただ,当時はカーナビなんてものはなく,アトラスという地図を片手に住所だけを頼りに目的地を探すためとんでもないところにあるGSはなかなか見つからなず苦労もした。だいたい4〜5軒回るとガソリンが満タンになってしまうため,どこか空き地に車を停め,ガソリンを手動式ポンプでクルマから携行缶に移す(確か20Lまでは無資格で携行できるはず)。僕のクルマは古かったのでガソリンを抜くことができたのだ(当時の最新型のクルマは給油口からガソリンを抜くことができない構造)。マジメな僕は高速を使わなかったのでほめられた記憶がある。
就職してからしりあった同期入社の男が同じバイトをやっていたらしい。某大学の自動車部に所属しており,このバイトは自動車部の専売特許だったようだ。一度,彼の運転するクルマの助手席に乗り,峠を攻めたことがあるが未だにあんなに怖い思いをしたことはない。


当時の愛車・トヨタカリーナロードランナーU
もちろん重ステでデジパネでFRでフェンダーミラーというなかなかのイカしたヤツでした・・・ww


【ヘアカットモデル】
友人の紹介でとある美容院のヘアカットモデルをしていた。1年くらいやったのかな。僕が超絶イケメンだから採用されたのだ(ウソ)。
散髪代が浮くというのもうれしかったし,いろんな最新型の髪型になる自分を見るのも意外と楽しかった。パーマをかけたのは後にも先にもあの時だけである。


ダウンタウンの浜ちゃんと同じ最新型のシャレオツな髪型にしてもらってた頃(1993年ワールドカップ予選/国立競技場)

小太りでゲイの店員がいて,あの芸能人はゲイであのアイドルは両刀使いで・・なんてハナシを聞くのも楽しかった。その小太りのにいちゃんはいつも自分の髭をカミソリで血まみれになりながら剃っていた。当時はとんねるずの石橋が保毛尾田保毛男というコントをやっていて,ゲイってのは髭が青白くなっているもんだと偏見を持ってしまったのはこのときである。また,後年シンガーソングライターMが逮捕されたとき太ったの男性と同棲していることが報じられたとき,「Mは太った男が好みなんだ」と小太りのにいちゃんが言っていたことを思い出したものだ。
東京からカリスマ美容師が来るとたくさんの美容師たちに囲まれ,ビデオをとられながら髪を切られた。あのビデオがあちこちに出回った可能性は否定できないw
美容師の大会みたいなのにも出場した。体育館にたくさんの美容師とカットモデルが居並びみんな同じ髪型になるという光景は圧巻だった。
1回5,000円くらいだったかな。まあ髪の毛がある程度伸びないと仕事ができないのが難点。お金をもらって最新型のヘアースタイルになれるっていう二度おいしいバイトだった。


【某鉄工所】
友人(バンド仲間)の紹介で工場でバンド仲間といっしょに働いた。そこの工場長のK田さんという人がたまたま大学の大先輩でとてもよくしてくれた。しょっちゅう飲みに連れて行ってもくれた。スナックというものに行ったのはこのときが初めてである。〆は寿司屋で,いつもおみやげ(昭和のサラリーマンのお土産の定番である寿司の折り詰め)を持たせてくれた。

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まさにこんなのを手にもってひとりぼっちのアパートへ帰宅していた

金に困ると,K田さんの自宅に直接電話(当時は携帯電話なんてもちろんなかった)して「明日,行ってもいいですか。」「おう。来いや。」みたいなノリで,特に仕事がない日でも雑用みたいなことで使ってくれた。ブラジル人労働者が何人かいたのだが,同僚たちにからかわれたりしているのを見て複雑な思いをした記憶がある。

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バイト先での写真が残っていた・・・

主に鉄筋を製造する工場だったのだが,こんなにたくさんの鉄筋がいったいどこで使われているんだろうと不思議に思ったものだ。いちど無断で欠勤してしまい,気まずくなり疎遠になったのだが,その後お金に困って謝りに行ったら全く気にしていない様子で飲みにつれて行ってくれた。苦くありがたい思い出である。大学を卒業してからもしばらくは年賀状のやりとりをしていたのだが・・・もう鬼籍にはいっているかもしれない。


【某社】
某一流家電メーカー(「某」ばっかりだなw)の工場で,コンベアのメンテナンスを行うというもの。製品を運ぶコンベアを分解し消耗部品を交換し,再度組み立てるというものだ。工場が休みになるお盆やゴールデンウィークになるとお声がかかった。同級生の女の子が某一流家電メーカーからメンテナンスを請け負っている下請け会社の社長さんだったのだ。世の中のいろんなことを知った僕が今思い返すと孫請けくらいだったのかもしれない。日給8,000円くらいだったかな。オッサンたちに混じって昼飯を食うのは楽しかった。


こんなところかな。ほかにも何かやってたような記憶もあるけどもう20年以上前の話だから・・・

あと鮮明に覚えているここでは書けない秘密のアルバイトをしていたのだが,かなりヤバイやつなんで割愛する(笑)
このブログは僕の家族や親せきも見てるし。
飲んだときとかにこのバイトのハナシを面白おかしくすると100パーうけます。テッパンです。まあ20年後くらいにブログをやっていたらまた記事にしようかね。

しかしこんな思い出話をするようになったのは僕が年をとったせいだろうね,きっと。



posted by poptrip at 21:30 | Comment(8) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする