吉野家メモリーズ

吉野家へ。
「王将」と双璧をなす僕にとっての偉大なるB級グルメ。

マイホームを手にする以前、嫁さんが実家に帰った時の夕食は、決って
「王将」→「吉野家」→「ココイチ」→「パ軒」→ラーメンのヘビーローテーションだった。
吉野家は狂牛病騒ぎ以前は、僕にとって切り離すことのできない重要な位置を占めていたお店だったのです。

僕の吉野家デビューは大学1年生のとき。京都の友人のところに遊びに行ったとき連れて行ってもらったのが初体験。それ以来僕は吉野家フリークと化したわけです。
ちなみに福井に「吉野家」ができたのは僕が大学2~3年生の頃だと思う。
学生時代、福井に帰省して高校時代の友人たちとテツマン。そして夜中の2時ごろになると負けてるやつが牛丼弁当を買いに行くのが暗黙のルールだった。
たとえマージャンに負けていても吉野家の牛丼弁当はうまかった。

東京の新橋で働いていた頃、昼食はいつも外食だったわけだが一度だけ吉野家へ行ったことがある。昼飯時はどこも混雑しているのだが、吉野家も例外ではなくスーツを着たおっさんが長蛇の列をなしていた。
ためらいながら列の最後尾につき、数分後に店内へ。(昼飯時の吉野家の回転率は異常な高さだ)
もちろん牛丼を食ってるのはオレを含めてスーツを着たオッサンばかり。
・・・とても居心地が悪かった。
こんな吉野家は嫌だ。
「スーツに牛丼」はやっぱり僕の吉野家スタイルには定義されていないのだ。
それ以来、昼に新橋の吉野家に行くことはなかったのです・・・・。

名古屋の某店では、カウンターで僕の隣のやつがたばこを吸いだして、さらにその隣のオッサンが文句を言って大喧嘩になったことを目撃したこともありーの、とにかく吉野家の牛丼にまつわるエピソードはたくさんあるんです。

まさにソウルフード


さて、先日の話にもどります。
夕方に行ってみたら・・

吉野家1.jpg

残念ながら牛丼はお昼時しか販売していないようだ。
肩すかしをくらった僕はメニューを見て悩む。吉野家で注文するのに悩むなんて以前なら考えられないことだ。
悩んだ末に「豚しょうが焼き豚汁セット」大盛りを注文。そしてお新香も。
料理が出てくる前に、お新香にたっぷりの七味とちょっぴりしょうゆを垂らす。
これが僕のいつもの吉野家スタイル。

吉野家2.jpg

しょうが焼きはまあ牛丼ほどの魅力はなかった。ちょっと味付けが濃すぎるね。

お会計は770円!

吉野家で770円!!

僕の吉野家メモリーの1ページに「770円も吉野家に支払った日」として加わることになる。

吉野家については語りたいことがまだ山ほどあるのだが、また別の機会に(機会があれば・・)

(過去ログ)
吉野家牛丼復活祭(2006年9月)
吉野家の牛丼復活(2005年2月)

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