アルバイト

ムスコがアルバイトを始めた。
とある量販店なのだが,心配で見に行った。

親バカの鑑である。

僕も学生時代はいくつかアルバイトをやったが接客業だけには手を出さなかった。理系で人見知りだし,シャイだし当時は人と接することをあまり好まなかったからだ(村上春樹に傾倒していたというのも少なからず影響しているかもしれない)。今となってはやっておけばよかったと後悔しているのだが・・・

ということで不肖ワタクシメのやったアルバイトをまとめてみよう(老化して忘れてしまわないうちに備忘録として)。

【家庭教師】
まず始めたのは家庭教師。時給が高いのがなんといっても魅力だった。
家庭教師協会みたいなところに登録して紹介してもらう。数ヶ月したら協会をやめて直接やりとりをすれば協会のマージン分が不要となるため生徒側は支払いが減り,僕のほうは収入が増えるというwin-winの関係になることを説いてそうしてもらう。もちろんそのためには信頼関係の構築が不可欠である。
2人の生徒を3~4年みていたのだが,どちらのうちでもお願いして夕食を作ってもらっていた。一人暮らしの僕は家庭料理に飢えていたのだ。

s-kateikyousi.jpg
学生時代は靖幸ちゃんにもハマってた

そのうちの一人は喫茶店の経営者のムスコで,店舗の営業が終わった後に客がいなくなったその店舗で教えていた。テーブルゲームの上で勉強するっていうね。まず環境がアレだよなと思いながら(笑)
また,その喫茶店はとある右翼団体が出入りする喫茶店でいろんな裏話を聞かせてもらった。菊の紋の入ったタバコも見せてもらった。父親は黒い大きなメルセデス・ベンツを所有しており,何度か乗せてもらったのだがあれ以来日本でベンツに乗る機会には恵まれていない。母親の都合が悪いときには親父さんが喫茶店のメニューである「あんかけスパ」を作ってくれることがあり,これが僕の名古屋名物「あんかけスパ」初体験だった。
僕は出された食事は常に完食していたのだが,一度どうしても食べれないものがあって料理を残したことがある。そのときの母親の「口に合いませんでしたか?」って悲しい顔が今でも思い出される。それ以来,人に出された料理は決して残すまいと心に誓ったのである。

もう一人は高層マンションに住むハイソ(死語)な家庭だった。マンションというものがどういうものかを知ったのはこの時だった。「結婚してもマンションには住むまい,絶対一軒家を建ててやる」と思ったのはこのときだ。初めて行った日に僕は財布を忘れてきてしまい,生徒がはにかみながら走って届けに来てくれた。財布を忘れた僕を見て母親は「この人は信頼できる」って思ったんだと後日聞いた。人生ってのはわからないものだ。ときどきバイト代とは別におこづかいもくれた。母親の作る家庭料理もおいしかったしとてもよくしてくれた。妹二人もかわいらしくて僕になついてくれた。ウォシュレット初体験はこの家だった。小便をした後,流し方がわからず間違ったボタンを押してしまいズボンをびしゃびしゃにしてしまい,着替えも貸してもらって勉強を教えている間に僕の濡れたズボンを乾燥機で乾かしてもらったという恥ずかしく悲しい思い出がある(乾燥機を見たのもこの時が初めてだった)。今ではウォシュレットは当たり前になっているが当時はほとんどなかったんだから・・・
この二人の生徒とは,僕が就職してからもしばらく年賀状を交換していたが今は全く交流がない。facebookで調べてみたのだが見つからなかった。もしかしたら僕が名前を間違えて記憶してしまっているのかもしれない。


【引越し】
非力で草食系の僕にとっていちばんきつかったのがこのバイト。トラックに揺られ1日に2~3件の引越しをこなす。日給1万円ほどだったと思う。当時は引越しするとご祝儀というのをたいていの家がくれて,それを親方みたいな人がその場で僕らに分配してくれた。バイト代とは別に現金がその場でもらえるのはうれしかった。でもきつかった。親方みたいなオッサンは怖くて何度も怒鳴られた(さすがにお客さんの前では怒鳴られなかったけど配送センターみたいなところでは・・・)。トラックの運ちゃんも軒並み怖えあんちゃんばっかだったし(笑)
1万円+αというお金は魅力だったから夏休みに入ると1週間ぐらい続けてこのバイトに行き,たまったお金で山に登るというね。僕は転勤族なので何度も引越しを経験しているが,そのたびにあの辛かったバイトを思い出すのだ。


【マーケティングリサーチ】
ガソリンスタンドの覆面調査。一般の客を装いガソリンスタンドに行き,ガソリンをいれてもらい,接客態度をチェックする。それをレポートにまとめるというものだ。ドライブがてらいろんなところに行けるのが楽しみだった。ただ,当時はカーナビなんてものはなく,アトラスという地図を片手に住所だけを頼りに目的地を探すためとんでもないところにあるGSはなかなか見つからなず苦労もした。だいたい4~5軒回るとガソリンが満タンになってしまうため,どこか空き地に車を停め,ガソリンを手動式ポンプでクルマから携行缶に移す(確か20Lまでは無資格で携行できるはず)。僕のクルマは古かったのでガソリンを抜くことができたのだ(当時の最新型のクルマは給油口からガソリンを抜くことができない構造)。マジメな僕は高速を使わなかったのでほめられた記憶がある。
就職してからしりあった同期入社の男が同じバイトをやっていたらしい。某大学の自動車部に所属しており,このバイトは自動車部の専売特許だったようだ。一度,彼の運転するクルマの助手席に乗り,峠を攻めたことがあるが未だにあんなに怖い思いをしたことはない。


当時の愛車・トヨタカリーナロードランナーⅡ
もちろん重ステでデジパネでFRでフェンダーミラーというなかなかのイカしたヤツでした・・・ww


【ヘアカットモデル】
友人の紹介でとある美容院のヘアカットモデルをしていた。1年くらいやったのかな。僕が超絶イケメンだから採用されたのだ(ウソ)。
散髪代が浮くというのもうれしかったし,いろんな最新型の髪型になる自分を見るのも意外と楽しかった。パーマをかけたのは後にも先にもあの時だけである。


ダウンタウンの浜ちゃんと同じ最新型のシャレオツな髪型にしてもらってた頃(1993年ワールドカップ予選/国立競技場)

小太りでゲイの店員がいて,あの芸能人はゲイであのアイドルは両刀使いで・・なんてハナシを聞くのも楽しかった。その小太りのにいちゃんはいつも自分の髭をカミソリで血まみれになりながら剃っていた。当時はとんねるずの石橋が保毛尾田保毛男というコントをやっていて,ゲイってのは髭が青白くなっているもんだと偏見を持ってしまったのはこのときである。また,後年シンガーソングライターMが逮捕されたとき太ったの男性と同棲していることが報じられたとき,「Mは太った男が好みなんだ」と小太りのにいちゃんが言っていたことを思い出したものだ。
東京からカリスマ美容師が来るとたくさんの美容師たちに囲まれ,ビデオをとられながら髪を切られた。あのビデオがあちこちに出回った可能性は否定できないw
美容師の大会みたいなのにも出場した。体育館にたくさんの美容師とカットモデルが居並びみんな同じ髪型になるという光景は圧巻だった。
1回5,000円くらいだったかな。まあ髪の毛がある程度伸びないと仕事ができないのが難点。お金をもらって最新型のヘアースタイルになれるっていう二度おいしいバイトだった。


【某鉄工所】
友人(バンド仲間)の紹介で工場でバンド仲間といっしょに働いた。そこの工場長のK田さんという人がたまたま大学の大先輩でとてもよくしてくれた。しょっちゅう飲みに連れて行ってもくれた。スナックというものに行ったのはこのときが初めてである。〆は寿司屋で,いつもおみやげ(昭和のサラリーマンのお土産の定番である寿司の折り詰め)を持たせてくれた。

s-norisuke.jpg
まさにこんなのを手にもってひとりぼっちのアパートへ帰宅していた

金に困ると,K田さんの自宅に直接電話(当時は携帯電話なんてもちろんなかった)して「明日,行ってもいいですか。」「おう。来いや。」みたいなノリで,特に仕事がない日でも雑用みたいなことで使ってくれた。ブラジル人労働者が何人かいたのだが,同僚たちにからかわれたりしているのを見て複雑な思いをした記憶がある。

s-IMG_20170305_0001.jpg
バイト先での写真が残っていた・・・

主に鉄筋を製造する工場だったのだが,こんなにたくさんの鉄筋がいったいどこで使われているんだろうと不思議に思ったものだ。いちど無断で欠勤してしまい,気まずくなり疎遠になったのだが,その後お金に困って謝りに行ったら全く気にしていない様子で飲みにつれて行ってくれた。苦くありがたい思い出である。大学を卒業してからもしばらくは年賀状のやりとりをしていたのだが・・・もう鬼籍にはいっているかもしれない。


【某社】
某一流家電メーカー(「某」ばっかりだなw)の工場で,コンベアのメンテナンスを行うというもの。製品を運ぶコンベアを分解し消耗部品を交換し,再度組み立てるというものだ。工場が休みになるお盆やゴールデンウィークになるとお声がかかった。同級生の女の子が某一流家電メーカーからメンテナンスを請け負っている下請け会社の社長さんだったのだ。世の中のいろんなことを知った僕が今思い返すと孫請けくらいだったのかもしれない。日給8,000円くらいだったかな。オッサンたちに混じって昼飯を食うのは楽しかった。


こんなところかな。ほかにも何かやってたような記憶もあるけどもう20年以上前の話だから・・・

あと鮮明に覚えているここでは書けない秘密のアルバイトをしていたのだが,かなりヤバイやつなんで割愛する(笑)
このブログは僕の家族や親せきも見てるし。
飲んだときとかにこのバイトのハナシを面白おかしくすると100パーうけます。テッパンです。まあ20年後くらいにブログをやっていたらまた記事にしようかね。

しかしこんな思い出話をするようになったのは僕が年をとったせいだろうね,きっと。



"アルバイト"へのコメントを書く

お名前:
メールアドレス:
ホームページアドレス:
コメント: